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エンジニアが3年の執筆を終えてわかった出版の苦労とクリエイターの視点

発信やアウトプットを続ける中で、「本の出版」は一つのゴールでもあります。エンジニアやクリエイターならば、本を書いてみたいという欲求がある方もいるでしょう。

しかし、本の執筆を考えていなかった人たちが出版するまでに至るケースもあります。『Rが生産性を高める〜データ分析ワークフロー効率化の実践』では、もともと本を執筆することを考えていなかった3人のエンジニアによって発売までに至りました。

3人が本を執筆する機会に巡り合ったのは、偶然ではありません。勉強会の登壇や技術記事の執筆、OSSへのコミットなどアウトプットの経験を積み重ねてきました。それぞれが自分たちの興味を探求した結果として、アウトプットが書籍という形になっただけなのです。

しかし、そんな3人でも、書籍の執筆は楽な道のりではありませんでした。なんと、発売までに3年という長い月日を要したのです。

今回のインタビューでは、そんな3人が本を執筆するに至った経緯や、初めて執筆するうえでの苦労をお聞きしました。

igjit
情報系の大学を卒業後、派遣エンジニアとして働き、Web系のスタートアップ企業に転職。2020年6月にnoteに入社。noteでは主にデータを扱う機能のバックエンドの実装を担当。R言語徹底解説を読んで言語仕様の魅力にハマっていき、Rで様々な開発を行うようになる。
hanaori
受託開発の会社や合同会社DMM.com(旧:株式会社DMM.com ラボ)でサーバーサイドエンジニアとして勤務したのち、2017年3月から現職。note のデータ基盤チームにて、データ収集のための基盤構築やデータ解析などに携わる。noteにて「階層線形モデルで渋谷区の賃貸価格を予想する」などを書いたことで、今回の本の執筆へつながった。
atusy
株式会社フィックスポイント所属のエンジニア。執筆当時は株式会社HACARUS所属のデータサイエンティストだった。個人開発でrmarkdownなどのRパッケージ開発に勤しむ。学生時代に岩石の化学分析結果を可視化する過程でRに出会う。R Markdownやggplot2を利用した自動化に感動し、言語としてRにハマっていった。


興味こそが個性。興味を追求することで本の執筆にもつながる


– 出版に至った経緯を教えてください

igjit:勉強会で出版社の人に声をかけられたのがキッカケです。私はRで変なものをつくるのが趣味で、勉強会で「RでRAW現像をする」などを勉強会で発表していました。それを見た出版社の人が興味を持ってくれて。

– もともとigjitさんは本を書きたいという欲求があったわけではない?

igjit:ないですね。本の出版は自分とは関係のない世界の話だと思っていました。

最初は話だけ聞いてみようと思っていたのですが、「『退屈なことはPythonにやらせよう』のRバージョンの本を書きませんか?」という提案がおもしろかったのでやってみることにしました。本を書くことよりも、提案内容に惹かれました。

hanaori:igjitさんは自分の発想でいろいろなものを作るのが好きな印象があるので、本を書くのは意外でした(笑)

– そこからなぜ2人を誘って共著することになったのでしょうか?

igjit:執筆をする前に編集者とミーティングしたときに、「初めての執筆で1人で書くのは難しい。実践的なプログラミングができる人か、R初学者にもわかりやすく説明ができる人と共著するのはどうか」と提案をされました。

これらの条件を考えたときに、もともと勉強会で知り合っていたhanaoriさんとatusyさんを誘おうと決めました。

igjit:hanaoriさんとは今一緒に働いていますが、私は前職にいたときからnoteを読んで知っていました。興味があることを深ぼりしてわかりやすく書くことに長けているなと感じていて、まさに今回の本のテーマにはぴったりだなと。

hanaori:紙の本を自分が書くとは思っていなかったので、声をかけてもらったときはびっくりしました。不安は大きかったのですが、「本を書く経験をしてみたい」という興味が湧いてやってみることにしました。

igjit:atusyさんは勉強会で知り合ったときに、「生粋のRオタクだな」とすぐに感じたので間違いない人選だなと(笑)
技術書典などで同人誌を何冊も出していますし、勉強会の登壇や技術記事のアウトプット量も多いのでぜひお願いしたいと思いました。

atusy:文章を書くのは好きですし、自己顕示欲の塊なので「よし、やるか!」とすぐに返事をしました(笑)

hanaori:atusyさんはバイタリティが高いので、アウトプットする量が本当に多いんです。本を書いてるときもブログの更新が途絶えていなくて驚きました。

atusy:私的には全然書けてなくて悔しかったんですよね。

hanaori:私は執筆で手一杯で、全然noteは書けていませんでした。atusyさんは泉が湧くように文章を書いていた(笑)

– それぞれがアウトプットを続けているからこそ、本の執筆への誘いがかかったんですね

atusy:そうですね、アウトプットしていない人には声はかかりませんからね。編集者にいきなり「本を書きたいです!」と自分から声をかけても、能力があるかどうか判断してもらう基準がないですからね。

hanaori:私の場合はnoteを書いていたことで執筆に繋がったと思っています。自分で書いた文章が予想より多くの人に読まれて、勉強会などで登壇することにもなり、お二人と知り合うことができました。noteを通してアウトプットすることで自信を得られたのは間違いありません。

igjit:自分が作ったものや考えたことは共有して初めて人に伝わりますからね。勇気を持ってアウトプットする人が増えてほしいと思っています。

– とはいえ、「アウトプットすること自体が難しい」「ハードルを感じる」と思っている人も多いかもしれません

igjit:何をアウトプットすべきか、その対象がまだ見つかっていない人には、個人的にはポールグレアムの「自分が興味を持つことにたくさんの時間を費やすことだ」という言葉を送りたいです。

igjit:なにをおもしろいと思い、なにに興味を持つかがその人の個性だと考えています。興味があることをどんどん掘り下げていくことで、だんだんと「人に伝えたいこと」がわかってきます。それらを続けることで、自分がアウトプットするものに出会えていけるかなと私は思っています。

atusy:自分の深い興味が何かわからなくても、まずはいろんな分野に手を出していくことが大事ですね。最終的には興味ある分野がつながっていって、自分がアウトプットすべきものが見えてくるはずです。継続することでいろんな人と出会うことができ、今回のように執筆をするチャンスも訪れるのかなって。

igjit:興味があるものを調べて、まずは自分で動いてみる。それがどんなに小さいことでもいつかどこかに繋がってくるはずです。

発売するまでに3年かかった

– 私は本を書いたことがないので想像ができないのですが、まずはなにから始めていくのでしょうか?

hanaori:「『退屈なことはPythonにやらせよう』のR版をつくる」という大筋は決まっていたため、具体的な内容を決めていくところから始まりました。

hanaori:あとは、最初に具体的なターゲットも設定しました。本の目的として「研究者がRを使いやすくする」ことや「Rを使ったことない人が理解できる」など、読者をどのレベルのターゲットにするのかはしっかり決めました。

igjit:結果として「本を読むことで誰もがRで業務を楽にできる」ことを目指して書くことになりました。

– 3人での執筆はどのように進めていくのでしょうか?

igjit:章ごとに分担を決めて、それぞれで書き進めていきました。「私が1章、hanaoriさんが3章」みたいな形で。それぞれで書いた文章を最終的に合わせて1つの本にするイメージです。

igjit:2人に担当する章を選んでもらって、残りを私が書くことにしました。得意分野で書いてもらったほうがパフォーマンスも出せると思ったので。

– 思っているよりも自分たち主導で進めていけるんですね

atusy:ページ数についても「全然バラバラでもいいから好きなだけ書いて」みたいな感じでした(笑)

hanaori:中身の大まかな流れに関しても各々の判断に任されていました。基本的には章を担当した人の意志を尊重する感じで。

– とはいえ、バラバラに書き進めていくと全体としての整合性や辻褄は合わなくなってしまいませんか?

igjit:始まってから数ヶ月は、一節書いたあとにお互いで確認して、文体が合っているかどうか確認していました。文章の雰囲気が他の人と合っていれば、章全体を書いていく形でした。

atusy:最初の数ヶ月は何回かレビューもやりましたけど、途中からはそれぞれで進めていくようになりましたね。

hanaori:ですね。しばらくして慣れてきたので数ヶ月に1度くらいのペースで確認する感じでした。

– なるほど、それぞれのペースで進めていけるとなると執筆自体にはそれほど苦労はなかったのでしょうか?

atusy:いえいえ、書き直しはかなりありました。私がもともと書いていた文章だと、「パッケージの説明書」になってしまっており、「この章を読むと〇〇ができるようになる」というようなストーリー性がまったくありませんでした。「説明書にならないように」は、編集者に何度も指摘されて直しましたね。

igjit:エンジニアが書く文章って基本的には必要最低限の情報しかないんですよね。社内のドキュメントやトラブルシューティングの文章ってコンテキストに沿った簡潔な情報がわかればいいじゃないですか?それらとは違って、本にするときには前提の知識をしっかり書く必要があるんですよ。

hanaori:3人とも説明書的な書き方をしてしまっていたので、指摘を受けて一気に書き方が変わりましたね(笑)

atusy:執筆して1年経ったときに、「ちょっと修正して終わりだ」と思っていたら指摘を受けたので、「めっちゃ修正あるじゃん!!」と焦りました(笑)

– それぞれnoteやブログで文章を書くのには慣れていると思ったのですが、やはり本になると違うものなんですね

atusy:個人の技術記事だと、特定のトピックに絞ったうえに、単発の内容だから書きやすいんですよね。全体でストーリー性を持たせた章レベルの長さの文章だと、一気に難易度があがります。

hanaori:個人の文章であれば、自分が納得した好きなところで終わりにできますしね。

atusy:あと、「自分はこれを書きたい!このパッケージを紹介したい!!」と思っても、前後の内容を考えるとマッチしないのが悩ましかった。情報の取捨選択が大変でした。

– 取材前に「本を出すのに3年かかった」という話を聞いて、「え?執筆ってそんなに時間がかかるの!?」と驚きました(笑)

atusy:当初は1年で発売する予定だったんですよね。こんなに長くかかるとは思っていなかったなぁ(笑)

hanaori:執筆が始まってすぐにコロナが広がり始めたのも大きいですね。出版業界がどうなるかわからない状況でしたし。本が出版できるかすらわからない状態で執筆していたので、不安で書くスピードも遅くなっちゃいました。

igjit:3年かかった要因として個人的な懺悔をすると、モチベーションがあがらずに書けなかった時期もあるんですよね。

hanaori:igjitさんは丹念に細かく調べて時間をかけていましたよね。

igjit:調べたうえで書きたいことも明確でしたが、文字にすると3割ぐらいしか自分の意志が伝えられていないことに納得ができなくて。思い通りにならないことをずっと続けるのは辛かったですね。

hanaori:今の自分を受け入れて書き進めていく感じですね。

igjit:ですね。自分の文章能力が急に向上することはないので、ある程度のところで諦めることにしました。「書けないなりになんとか形にする」という図太いマインドを持つようにしました。

– なるほど、その精神状態だと書くのが辛いですね

igjit:ただし、気持ちが落ち込んでいたとかではまったくありません。他に興味があることをやっていただけなんですよね。2019年とかはRでJava VMつくることに没頭していましたし。

hanaorio:イキイキしているigjitさんが目に浮かびます(笑)

igjit:その内容を発表した勉強会には本の編集者の人も来ていてちょっと気まずくなりました(笑)

atusy:「プレッシャーをかけにくる仕事をしている」と言っていましたね(笑)

一番大変だったのは執筆が終わったあと


– 3年書いているうちに、本の内容が変わることはなかったのでしょうか?

atusy:章の見出しはほとんど変わっていませんが、それ以外の中身はほとんど変わりました。3年経っているので、途中でパッケージがアーカイブになることもありました(笑)

hanaori:本の中で取り上げているパッケージは自分たちが作っているわけではないので、時間が経てばどんどん変わっていきます。自分たちでコントロールできないことにスケジュールが左右されるので、紙の本は難しいと改めて実感しました。

– Web業界の進歩を考えると、3年経てば状況が一変しそうですね

hanaori:書き始めた当初はGoogleアナリティクスの詳しい説明も載せていましたが、途中で掲載することをやめました。現状だとアナリティクス4と旧バージョンの両方を使っている人もいる状況で、画面仕様がいつ変わるかもわからなかったので。正確な情報を載せるのは難しいと判断しました。

atusyさんとお子さん

hanaori:3年経つとライフイベントもいろいろありましたね。igjitさんはnoteに転職して、atusyさんはお子さんが生まれて。

igjit:お子さんの成長をオンラインで3年間ずっと見ていましたねぇ。

– おお、そうなんですね。おめでとうございます。いつごろ生まれたのでしょうか?

atusy:執筆開始してわりとすぐです。2019年の9月にキックオフしたあとくらいかな。まだ誰も本格的に書いていなかったときだったと思います。

hanaori:子育ても、登壇も、執筆もしていて忙しそうだった……!

igjit:この本の執筆量もatusyさんが一番多かったですしね。

– お子さんが生まれて忙しくなり、本の執筆をやめたくなることはありませんでしたか?

atusy:ありませんでした。ただ、執筆は本業ではないので、「子供を見てほしい」という奥さんからのプレッシャーは感じていました。謝りながら進める感じではありましたね(笑)

– 3年間で一番大変な作業は何だったのでしょうか?

hanaori:長い文章を書くのはもちろん苦労しましたが、それよりも書き終わったあとが大変でした。編集の方に「書き終わってからがようやく6合目だよ」って言われていて、「まさか〜」と思っていましたが、本当に大変でした(笑)

igjit:技術的な正しさを担保するためにお互いの文章を読みあってレビューをするのですが、これが骨が折れる作業でした。内容そのものや技術用語が厳密に合っているのかどうかを一字一句調べ直さなければいけないので。

hanaori:レビューした文章の修正が終わると、また1から読み直さないといけないですしね。コードの動作確認を毎回行うのも大変でした。

atusy:同じ文章を何度も読んでいると、前回との差分がわからなくなってくるんですよね。あれは辛かった。

hanaori:ただ、修正後のほうが確実によい文章になっているので、 作品を仕上げていく磨きの作業は地味で大変だけれど大事な作業なんだと身にしみました。

atusy:「予約しました」と言ってくれる人がいることが唯一のモチベーションでしたね。

– 予約が始まってからも修正していたんですか!?

hanaori:全部直せるのかわからないくらい締切がギリギリでした(笑)

igjit:本の発売日は1月26日ですが、正月休み前にはなんとか完成しましたね。

– 本当にギリギリまで書かれていたんですね……!

本を書いたことでクリエイター視点で技術書を見るようになった

– かなり苦労されたと思うのですが、また本を書きたいと思いますか?

igjit:そうですね、自分がわくわくして取り組めるテーマだったら(笑)
例えば『RでJVMを作る』みたいな内容は出版に向いてないかもしれませんが。それでも、自分が興味があることを調べたり、実装したりして、なんらかの形でアウトプットすること自体は続けて行くと思います。

atusy:私は執筆にかなり労力がかかることがわかったので時間との兼ね合いですね。

hanaori:でも、atusyさんのバイタリティある姿を見ていると、また紙で書きそうな気もします(笑)

atusy:そうですね、子どもが大きくなって寝かしつけがいらなくなればって感じですかね。現状だと長期間の締切がある作業は難しいかな。

今回、本を書いてみてよかったことはありますか?

atusy:なんでしょうね、Rのパッケージ開発をするモチベーションに繋がったことでしょうか。執筆のために改めてコードをじっくり見直す良い機会になりました。いつもは機能開発に目がいきがちですが、違う視点を持ってRのパッケージ開発ができましたね。ドキュメントドリブン開発に近いのかもしれません。

hanaori:私は本を見る視点が変わりました。今までは必要なポイントだけを読んでいましたが、「はじめに」や「章の前置き」、「章の項目」にどんなことが書いてあるのか気にするようになりました。

igjit:作り手の視点が入った瞬間ですね。技術書を見ていると、「なんでこんなに前置き書けるの?作家なんじゃないかって?」と驚くようになりました(笑)

hanaori:あと、個人的に知らない世界を知れたのは興味深い体験でした。本の出版というクリエイターの1つの出口を経験できたことは、noteで働く社員としてこれから仕事に活かせていけると思いました。

igjit:そうですね、私も得がたい体験ができたのが一番良かったことです。編集さんと相談しながら読者が求めているものを探していくのは、自分にはない創作方法でした。クリエイター視点を持つことができた貴重な経験です。


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Text by megaya


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